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2007-05-01 19:11 | カテゴリ:TOEO
5月1日火曜日。
世間様はゴールデンウィークということで。
私は仕事柄連休はもらえないんですが、期間中に何度かお休みはあります。
普段不定期休みの子なので、土日やら祝日やら世間様とお休みがかぶることは多くないんですけれども。
これからしばらくは、休みの昼間からネトゲしてても人に遊んでもらえるわけですね!
ありがとう黄金週間。
TOEOサービス終了から一ヶ月が経過しました。
今日この日に向き合わないと、もういつまでたっても書きにこれないと思ったので、来ました。

こんばんは。キャンティです。


今日は、昔話。




はじめてキャンティがTOEOの世界に降り立ったのは、正式サービス開始から半年ほど前、cβ1の終わりごろのことでした。
当時の名前は「こるく」。
原作エターニアのメルディに憧れて作った、紫色のふたつ結びの魔でした。
cβ1といえば、WC等の初級晶術が複数にあたった、幻の低レベル魔黄金時代です。
イザル湾を出てすぐのところにいたのは、当時は確か「スライム」。
ひたすら一人で、複数スライムを苛めて過ごしていました。


そうしているうちに静かにcβ1が終わり。
cβ2の当選通知を貰ったのは、そのもう少し後のこと。
まったく同じ「こるく」を作り、前回は一人で遊んでいたので、「こんどはPTで遊べるようになろう!」と決めて臨んだテストでした。
cβ1では強すぎた魔が、ここで思い切り弱体化されていたのが印象的です。
FB・AE・WC辺りが同ディレイ(この3つのうち一つでも使うと、3つともディレイに入る)という涙の仕様。
今となっては懐かしい限りですが、「いくらなんでもこのまま正式開始されたら魔は生きられない…!」と妙な責任感を感じて、運営さんに意見したりしたものでした。

最初は拾われ待ちだったPT探しも、このころにはシャウトに対してwisで反応する程度には動けるようになっていました。
一番印象深いのは、当時セヌギス海岸の商人付近にいた「エラント+弓」のシンボル。
当時の弓は同じマスに入れば(=完全に重なれば)あちらの攻撃が当たらなかったので、エラントだけ片付けたら魔も聖も全員弓に重なってPT全員でたこ殴るのがセオリー。
経験値がおいしかったのと単純に楽しかったので、よく通ったものでした。


そして、あれよあれよという間にオープンβ。
聖キャンティがバロールに生を受けたのは、実はこのときが最初です。
魔でひぃひぃ言いながらソロをしているときに、通りがかりにさらりとヒールをしていってくれる聖さん。
戦闘に疲れてぼんやりと座っていると、トコトコと駆け寄ってきてはあらゆる支援をかけてくれて、「♪」エモだけ出して楽しそうに去ってゆく聖さん。
PT中、「ライフサークル」とかいう聞いたことのないスキル表示と共に、派手に広がり立ち上る魔法陣。
そんな人たちに憧れたんですね。
魔のこるくも作ったんですが、キャンティを作ってからはもう完全にはまってしまい、ほとんど聖ばかりになってしまいました。

インする時間が長いキャラには、そのぶんたくさんトモダチができます。
キャラクター選択画面では実は長いこと真ん中だった聖キャンティが、私の1stキャラになるのに長い時間は必要なかったのでした。


サービス開始からしばらくは、PT組んだ人とはとりあえずフレンドしましょう!くらいの勢いでフレンドリストが埋まっていきました。
まだほとんどの人が船に乗れないような時期、バロールだって過疎を知らなかった時代です。
街を歩けばほどよくPTを組むこともでき、オフラインでのお友達を引っ張り込んでつるんだりもしていたので、寂しくはありませんでした。
オンラインで知り合ったお友達の中でも、割とよく話す・よく遊ぶ気の合う人ができてきたのもこの頃だと思います。
テストのころはとくに親しいお友達までは作らなかったので、正式開始以降から私は本当のMMOの楽しさを知ったことになるのかな。
遊んでくれるトモダチがいるから、キャンティでインする。
ますます1st化現象です。



5月。
この頃にはもうブログを始めていましたね。
そして、TOEOを語る上では外せない大型メンテに、プレイヤーが震撼した月でした。
これを機にリタイアしていくお友達を止められないまま、それでも私はずっと残っていました。
遊ぶスピードが早い方ではないので、刻印文化に縁遠かったのが幸いしたのかもしれません。
この頃にはすっかり聖一本で遊ぶようになっていた私は、この条件でどうメンバーさんを守るかを考えながらいろいろと模索していました。
この出来事をきっかけに、以前より頭を使いながら聖をするようになっていた気がしています。
後の自分の糧にはなったものの、去っていったお友達も少なからずいるこの月。
よかったのか悪かったのか。



夏から秋。
ほぼ固定で組む剣士さんができ、そしてギルドにも参加させて頂いた時期でした。
この辺りから、あまり野良でのPTは組まないようになっていましたね。
人間関係の広がりも、トモダチのトモダチ…という感じで芋づる式になってたんですが、どうにも世界は狭いもので。
「あ、よく見かけるこの人お友達だったんだねー」ということとか。
ぜんぜんべつのところで知り合った自分のお友達同士が、実は仲良しだったりとか。
面白かったです。
この時期は一番たくさん接続していたかもしれないですね。
ブログの記事数も多いこと多いこと(゜゜*
シャンバールのアップデートも続き、毎日がわくわくでした。
闘技場とかすごく楽しかったなぁ。



冬。
いろいろとあった時期でした。
たぶんこの一年で一番ぼろぼろだった。
平気なふりするのに命かけてた。
だめだったけど。
ギルメンとかフレさんとか、たくさんの人に迷惑をかけて、助けてもらいました。
あたしやさしい人に囲まれてるんだな、幸せ者だなと思ってた。
ご恩は忘れません。



そして、年明け~2月。
サービス終了宣告に、いよいよゲーム内の過疎に拍車がかかりましたね。
一人また一人と移住先を見つけていなくなるお友達。
インしても暗いままのフレンドリストに寂しくなって、聖一人で遊ぶのにももう限界があって。
サブキャラの魔で野良でレベル上げしてみたり、それもできない時はノーステイルに浮気していました。
TOEOが好きすぎて、このゲームがここにあるうちは、って、移住とか現実的に考えられませんでした。



3月。
無料開放期間を機に、一気に人が戻ってきていましたね。
話したことはないものの、かつてよくお見かけしていた方々の名前とか。
久しぶりに会う、引退していたお友達とか。
ミンツの街の喧騒とか。
昔に戻ったみたいな賑わいに、「ああ。ほんと、終わっちゃうんだな」って、逆に妙に実感が沸いたのを覚えています。
このころには、1stのキャンティよりも3rd魔でいる時間の方が長くなっていました。
魔でレベル上げをしていたのが幸いして、新しくお友達ができていたのです。
お友達になったのは最近でも、ずっと同じ世界でゲームしてたわけなので、仲良くなるのは早かったんじゃないかなーと勝手に思ってるんですが。
キャンティの一番最後の瞬間を一緒に迎えてくれたのも、魔でできたお友達でした。



ひとりで始めたゲーム。
β1から一緒に育ってきたゲーム。
大好きなTOEO。
年明けの過疎を見たときにはもう、最後の瞬間はひとりでも構わないから、ちゃんと心をこめて見届けよう、見送ろうって思っていました。

たくさんのひとがwisをくれました。
たくさんのひとが一緒に遊んでくれました。
いつのまにか、やっぱりたくさんの絆の中にいた。
ひとりじゃなかったみたいです。



いままで、ありがと。




故郷バロールの奥地から送った最後の支援がどうか届きますように。
ありがとう、大好きでした。
みんなみんな、どうかこれからもずっと、お元気で。
秘密

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